試合は新垣、久高の継投により3対2で接戦をものにする。久高は9回のみの登板だったが、149kmを投げるなどストレートは常時140kmを超えた。完全に化けた。
10回裏、1点を追う大阪桐蔭は一死満塁の好機を迎えたが、スクイズを試みた打者の足が打席の外に出ていたとして「反則打球」の判定。続く主将・黒川虎雅が投ゴロに倒れ、そのままゲームセットとなった。
1966年イングランド大会準々決勝でホスト国の代表監督アルフレッド・ラムゼイが、ラフプレーを繰り返す対戦相手アルゼンチンに浴びせた「アニマルズ」という言葉。しかし、その試合に出ていたホルへ・ソラリが横浜マリノスの監督を務めていた時に私は直接聞かされた ...
怪我の状態については「部分損傷、部分断裂……。“疑い”ですけど」と、ほんの一瞬だけ目が泳いだ。頭の回転が速く、冷静沈着な末吉の目が泳ぐのは珍しい。瞬時に思った。この夏の登板は難しいのではないか、と。最後に末吉が笑顔で言った。「この夏はバッティ ...
ビーチバレー日本代表として東京五輪にも出場した村上めぐみ。注目の裏で、常に付きまとうのが、選手を脅かす“ユニフォームと盗撮”の問題だ。現在選手会長を務める村上に、当事者としての思いを聞いた。第2回では、会場での悪質撮影の取り締まりや、変化しつ ...
原は池田の卒業生で、甲子園で夏春連覇を果たした江上光治、水野雄仁と同学年であった。校長室に並べられた二つの優勝旗や、校舎内を歩き回るテレビクルー、全国から町に殺到した観光客といった、黄金期の風景をその目で見ている。原が懐かしむように目を細める。
ドジャースの大谷翔平は7月22日、フィラデルフィアでのフィリーズ戦前にブルペンでの投球練習を再開し、投手としての復帰に大きな一歩を踏み出した。捕手を座らせて31球を投じたあと、左膝の状態は良好だった様子。メッツ戦のためにニューヨークに遠征中の ...
河村勇輝の目の奥には、うっすらと悔し涙がにじんでいた。7月18日、NBA挑戦3シーズン目のスタートとなるラスベガス・サマーリーグ最終戦が終わった後の囲み取材でのこと。今回のサマーリーグから何を持ち帰るかという問いかけに答えていたときだった。
河村によると、今年のサマーリーグでペイサーズを選んだのは6月下旬に行われたNBAドラフトより前だったという。複数のチームから声がかかった中で熱心な勧誘があり、さらに速い展開から攻撃するスタイルが自分に合っているということでペイサーズを選んだ。
「コルチゾンは炎症を強く抑えたい場合に使います。一方で今回は潤滑剤だったということは、おそらくMRIで膝の状態を確認したうえで、コルチゾンを使う必要がない程度の炎症だと判断された可能性があります。本当に状態が悪く、『とにかく炎症を抑えよう』『 ...
一九九二年生まれのわたしは「池田の時代」を知らない。わたしにとっての高校野球といえば智弁和歌山であり、横浜であり、大阪桐蔭である。高校野球中継の合間の『白球の記憶』に時折登場する高校、昔は甲子園で勝っていた高校。それが取材をはじめるまえの池田の印象だ ...
「なぜ今、じいちゃんなんですか?」開口一番、哲一朗はわたしにそう尋ねた。確たる答えを持ち合わせていなかったため、池田をほとんど知らなかったが、昔の人気校で、甲子園から突如消えて、だから興味を持った……そんな漠然とした、体重のかかっていない言葉 ...